磨崖仏(まがいぶつ)

  • 歴史

  牛根麓、山下造船所の向かい側(現在駐車場)の脇の小道を100m程山手にいくと鶏舎がある。となりのびわ畑を横切り左にシラスの崖(約10m)がみえてくる。ここに仏様が刻んである。太平洋戦争時軍事基地を構築するため土砂を採取する時偶然発見されたものである。この仏像は尼像である。旅僧が亡き妻の為に一大岩壁に仏像を彫刻し菩提を弔ったもの。この土地の妻が髪が抜けるので恥ずかしく外出できなくなつた。占いをしてもらったところ仏様が岩の下に埋まっておられる。早く掘りだせと夢をみた。そこで掘ってみたら磨崖仏がでてきた。夫婦は信心し花香を捧た。自然と髪も生え元どうりになったという。

 この磨崖仏の前に広がるびわ畑、田んぼは安政年間(1854~1858)島津斉彬公が幕府にかくれて西洋式の軍艦を建造したところです。