ブログ一覧へ戻る

[2012-10-08]国旗日の丸発祥の碑建立、施工式

 10月8日10:00から道の駅たるみず西側広場において国旗日の丸発祥の碑建立、施工式が行われました。建立期成会会長、園田陸運社長、垂水市長、垂水観光協会長、工事関係者、道の駅たるみず幹部をはじめ30名ほどの出席のもと、島津家28代斉彬公を祭る照国神社の神官2名により工事の無事を祈願しました。

 幕末西欧列強が東アジアに進出してきた時代に、島津家28代斉彬公は「海からの敵は海で防ぐべき」と考え、溶岩で埋没する前の「大隅半島と桜島の間の海峡」の造船所で洋式帆船を建造しました。

 斉彬公は嘉永6年(1853)桜島の瀬戸に造船所を設けて大型船の建造に着手、安政元年(1854)12月に竣工し「昇平丸}と命名しました。さらに15隻の建造を計画してその中の鳳瑞丸、万年丸が牛根で大元丸、承天丸が桜島の有村で建造され「大隅半島と桜島の間の海峡」では次々に洋式帆船が竣工されたのです。

 薩摩藩をはじめ日本各地で洋式帆船が建造されるようになって日本の船の印が必要となり、そこで斉彬公が提案したのが「白地に朱丸一つ」の日の丸です。これが幕府に受け入れられ日本の総船印となり後に国旗となりました。

 まさに「大隅半島と桜島の間の海峡」のあったこの地は日本における近代造船発祥の地であり国旗「日の丸」のふるさとです。

 早速午後から工事にはいり完成は11月25日、引き渡しは12月5日完成式典は昇平丸竣工日12月12日の予定です

 実物31Mの6分に1で長さ5、17Mで台座の右側に斉彬公の肖像画、左側に瀬戸海峡の絵、台座の廻りには「おもと」がうえられる。

 祝詞奏上の中で大照大神斉彬公の造船所跡の碑が建立されることによって道の駅たるみずの名勝地として末永く栄えん事を祈ると、むすんでいただきました。

 この後レストランで日の丸御膳の試食会がありご飯に日の丸が、煮物に桜島の爆発、刺身に昇平丸を模った器など、凝った御膳を頂いた。販売は10月15日からという。これから試行錯誤しながらレストランに登場します。