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[2017-07-04]垂水島津家分家は末川姓

垂水市役所観光課Mさんから電話がありました。「末川家のお墓、分かりますか?」「新城の鉄道公園の直ぐ上の墓地の一番奥に在ります」「実は末川家にゆかりのある方がここに見えているのですが・・・・」とても不安そうです。「今からそちらに行きます」これも私の仕事と思っています。ルーツ捜しの方が増えています。特に男姓です。お会いしてみると意外に若い。分かりにくいので私の車で案内する。

 垂水島津家の分家は末川姓ですが新城島津家の末川と垂水島津家9代貴儔の息子久救(末川周山)系がある。今回お見えの末川様は新城の末川姓で砂糖役人として奄美諸島の沖永良部に行かれた末川さんの末裔です。末川家の墓、末川家の屋敷跡、本家16代義久の娘(新城様)の墓、約400年前から末川家の家臣として今も新城に住んでおられる中村家、千年前からこの地にある神貫神社など廻られた。印象的だったのはどこに行かれても長い事手を合わせ拝んでおられた。

 市役所前で別れて、観光課に報告に行った。Mさんが私に「垂水の殿さまの末裔って本当ですか?」と半信半疑のような顔、「ですよ」と簡単に説明すると(信じられない・・・)と言うような表情です。

 5年前も来たが、分からなくて再度埼玉から来られたのだそうです。資料や家系図のコピーも差し上げた。一族の中にこの様に自分のルーツを調べて親戚、や子供さんに伝え自分の姓に誇りをもってもらいたいです。「どこの馬の骨かわからないのですが・・・」と言いながら資料館を訪ねて来られます。調べていくうちに胸をはって「御先祖に恥じないようにしないといけませんね」と皆おっしゃいます。